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天才モンちゃん今日も行く(第二十六話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 ミヨさんと暮らしている頃は一人で車を引いて買い物にも出かけていたし、
一回きりだが電話をかけて先生を呼んだことだってある。
病院ではたくさんの患者さんたちを元気づけ、探し物だってお手のものだった。
そんな自分を、けっこう能力値の高い方だと思っていたモンちゃんだったが、
どこからともなく食べ物を調達し、他の野良犬とも上手につき合っているテツを見ていると
それは大きな勘違いであることが次第に分かってきた。
「生きるってこういうことだったんだ。」と実感しながらテツがくれたカツサンドをほおばっていると、
「今日はどの辺りを探すんだい?飼い主の人のお墓っての、今日も探すんだろ?」とテツが尋ねる。
ここより西に当たる一帯を探すつもりだとモンちゃんが伝えると
「そんなら、俺も手伝ってやろうか。」と言う。
「でも、テツさん・・・・いや、テツは字が読めないでしょう。」
「はぁ?おめぇは、アレか。字が読めるのか?そりゃすげぇや。」
「難しい字は読めないけど、小学生が読める程度の字は何とか大丈夫なんだ。」
「そうか。俺と違って頭いいんだなぁ。で、寺の名前は何ていうんだ?」
「それが・・・お寺の名前が分からないんだよ、テツ・・・さん。」
「そうか。じゃあ、手当たり次第に寺を見て回るしかないんだな。分かった。」
そう言うが早いか、テツが山の見える方角へ向けて走り出したものだから
モンちゃんは足がもつれるほど慌ててテツの後を急いだ。

 病院暮らしのモンちゃんとは桁違いの運動量をこなしているテツは、とにかく足が速かった。
息も絶え絶えにテツに近づくと「大丈夫か、おめぇ。」と首筋をなめてくれる。
後になって心配したりするくらいなら、最初から走らないでくれればいいのに。
そう思いながらも「あ、ありがとう、テツ・・さん。」と半端な敬語で答え、
「俺は町内を一回りしてくるからな。」と言って走り去るテツを見送ると
モンちゃんはお寺の石段を息を切らしながら登って行った。
石段を登った先はちょっとした広場になっていて、そこには掲示板があった。
息を整えながら眺めてみると、そこにはこう書いてあった。
   
     明日(12日)野犬狩りを行います。毒物を混ぜたえさをまきますので、         
            犬を飼っている方はご注意下さい。

これは一大事だ。急いでテツさんに知らせなきゃ。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第二十五話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

自分もリードをつけていないから偉そうなことを言えた義理ではないのだが、
首輪の跡がない上に野生の匂いが漂っているからこいつは野犬に違いない、とモンちゃんは思った。
こちらからアクションを起こすのはどう考えても危険なので、
とりあえずじっと相手の出方を見る作戦に出ることにした。

 黒い犬はしばらく唸った後で「おめぇ、どっから来た。」とモンちゃんに尋ねた。
多少拍子抜けしつつも、自分に危害を加えられないと知っていくぶん安心したモンちゃんが、
機嫌を損ねないよう手短に今回の脱走計画に至ったいきさつを説明すると
「そりゃあ、大変なことだなぁ。腹、減ってるだろう。」と黒い犬が言う。
昨日の朝から何も食べていないことを告げると、黒い犬は立ち上がり
「そんなら、俺についてこい。」と言って大股で歩き出した。
人は見かけによらない、とミヨさんが言っていたが、犬もまた見かけによらないのだ、と
あらためて感心しながら、モンちゃんは名も知らぬ黒い犬の後をすたすたとついていった。

 「ところでおめぇ、名前は何て言うんだ。」早足で歩きながら、黒い犬がそう尋ねた。
「あの、たいていは短くモンちゃんと呼ばれておりますが、本名は犬走文次郎と申します。」
どんな風に話したらいいかもよく分からないほど緊張しているモンちゃんは、
うわずった声でやたらと丁寧に答えてしまった。
「なんだなんだ、かしこまっちゃって。もっと普通にしゃべってくんなきゃ。」
黒い犬はモンちゃんの方を振り向いて、笑ったような顔をしてそう言った。
「俺なぁ、老けて見えるかもしんないけど、まだ二歳だぜ。」と続けて言う。
二歳?そうだったのか。僕よりずっと子どもじゃないか。なのに何だ、この威圧感は。
「犬走ってのはアレか?さっき話してた飼い主のおばあさんの名前なのか?」
「そうです。」しまった。また丁寧に話してしまった。こいつの妙なオーラのせいだ。
「敬語なんかいらねぇって。おめぇ、たぶん俺より年上だろ?」
たしかにそうだけど、何で分かるんだろう。野犬ならではの、野性の勘なのか。
「わ、分かった。そうするよ。犬走は飼い主のミヨさんの名字。
文次郎というのはミヨさんの話によると亡くなったおじいさんの名前だそうだ。」
緊張しながらも、モンちゃんはようやく「タメ口」で話すことが出来た。
「俺はな、テツってんだ。と言っても飼い主が居たわけじゃない。ずっと野良だ。
テツってのは仲間うちでの呼び名だ。野良だって、お互いに名前がないと不便だからな。
おめぇも俺のこと、テツって呼んでくれ。」
「テ・・テツさん、ですね。」どうも上手くいかない。ちょっと油断するとすぐに敬語になっちゃう。
こいつの顔がいけないんだ。怖いんだもの。
「はっはっは、まあいいや。そのうち慣れるだろう。」豪快に笑い飛ばすテツ。
二匹の様子は、まるで大人と子どものようだった。
いくら柴犬系雑種で小さいとはいっても立派な大人の年齢に達しているモンちゃんにとって、
この日のテツとの出会いは「人生観」が変わるほどの衝撃であった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第二十四話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

  「おいおい、モンちゃん。あまり遠くに行っちゃ駄目だぞ。戻っておいで。」と
先生が大声で叫んでいる。
心配をかけてしまって申し訳ないなぁ、と思いながらもモンちゃんはひた走りに走った。
もう大丈夫かな、と思って後ろを振り向くと、先生が予想外の速さで追いかけてくる。
そうだった。先生はジョギングで鍛えているから持久力もあるのだった。
これではまずい、このままでは追いつかれると咄嗟に思ったモンちゃんは、
ゆるいカーブを過ぎるとすぐに二軒の家の間にある細い路地に逃げ込んだ。
草むらの陰に隠れて見ていると、先生はいったん足を止めて辺りを見回し、
モンちゃんが隠れている路地の方もチラリとは見たものの
気づくことなくもう一度走り始め、次第に遠く離れていった。
「ごめんね、先生。ちゃんとお墓を探してお参りしたら先生のところに戻るからね。」
モンちゃんは心で詫びながら、先生が遠ざかるのを見計らって路地を抜け、
まだ人通りの少ない早朝の町へと歩き出した。

ミヨさんのお墓のある寺の場所も名前も分からないからには、
まずは先生がバイクで出かけて帰ってこれる範囲を根気強く調べていくしか手だてはない。
この辺りはごくありふれた住宅街で、お寺の数はどちらかといえば少ない方だ。
モンちゃんはやっとのことでお寺を見つけると一目散に中に入って行って
丹念にお墓の名前を調べて回ったが、似ている字すら見あたらない。
何カ所か見て回るうちにとっぷりと日が暮れたので、
たまたま通りかかった小さな公園で一夜を過ごすことにした。
朝の散歩の時に脱走したきり何も食べていないのでかなりの空腹であったが
五月の澄んだ空気はモンちゃんの疲れた体をやさしく包み、眠りに誘ってくれるのであった。

翌朝。何かの気配に気づいたモンちゃんが恐る恐る顔を上げると、
自分より二回りほども大きな黒い犬が、低い声で唸っていた。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第二十三話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 ミヨさんのお墓参りから帰ってきた川橋先生は、モンちゃんがいつになく
機嫌が悪いことの理由が思い当たらなかった。
「オナカでも空いたのかな?何か食べる?」と言って、売店でパンを買ってきてあげても
いつものようにシッポを振ることもなく淡々と、ただ食べている。
「おかしいなぁ。いつものモンちゃんと違うね。変だなぁ。」と先生は言うが、
モンちゃんにしてみれば「ミヨさんのお墓参りに連れて行かなかったくせに
食べ物で機嫌をとろうなんて虫が良すぎる。」と思っているのである。
せめてお墓のあるお寺の名前でも教えてくれてよさそうなものだとモンちゃんは思ったが、
犬であるモンちゃんに向かって川橋先生が突然お寺の名前を告げるという機会は
よほどの偶然が重ならない限りそうそうあるものではなかった。

「先生の隙を見て逃げ出す計画」について本格的に考え始めたモンちゃんが
朝の散歩の時がいいか、それともケア棟に行く日がいいか、真剣な表情で悩んでいると、
「おや、どうしたのモンちゃん。今日はやけにニヒルな顔をしてるねぇ。」と
馴染みの患者さんが冗談交じりに話しかけていく。
つらつら考えるに、ケア棟から脱走したのではたくさんの人に迷惑をかけてしまう。
人の喜ぶことをしたいと常々思っているモンちゃんにとって、それは由々しき事態であった。
そこへいくと、朝の散歩の時であれば困るのは先生だけだ。
もとより、僕が脱走しなければならなくなったのは先生のせいなのだから、
いわば「身から出たサビ」なのではないだろうか。
日頃は温和でやさしくて、こんなことは決して考えないモンちゃんなのだが、
ミヨさんのお墓に連れて行ってもらえなかった悔しさから、先生に対してはいつになく強気だった。

そして翌朝。モンちゃんの壮大な脱走計画を知る由もない先生は
いつものように「モンちゃん!散歩に行こう。」と迎えに来てくれた。
その明るい笑顔を見ると、さすがに胸がチクッと痛むモンちゃんだったが
ミヨさんのお墓を探すためには仕方がないと心を鬼にするのだった。
散歩の途中に毎朝訪れる河川敷があって、その場所ではいつも、
5分ほどではあるけれど先生はモンちゃんのリードをはずして遊ばせてくれる。
いよいよその場所にやってきた。計画を実行に移す時が来たのだ。
「モンちゃん、着いたよ。さあ、思いっきり走っておいで。」と先生が言う。
ごめんね、先生。悪く思わないでね。どうしてもミヨさんのお墓を探したいんだ。
モンちゃんは心の中で川橋先生に手ならぬ前足を合わせながら一目散に駆け出した。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第二十二話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 ミヨさんが亡くなって2ヶ月近くが過ぎようとしていたある日、
冴子さんが功太君を連れて、川橋先生に会いに病院にやってきた。
モンちゃんが功太君に抱きつかれながら耳を澄ますと、冴子さんは
「おかげさまで四十九日も無事に済みまして、納骨致しました。」と話している。
「しじゅうく、は数字だと思うけれど、のうこつって何だろう?」とモンちゃんは思った。
いろんな本を読んでもらってかなりたくさんの言葉を覚えてきたけれど
「のうこつ」という言葉は今まで一度も聞いたことがない。
すると先生が「お墓はどちらになるんですか?」と冴子さんに尋ねている。
のうこつは分からないけど「お墓」は知っている。昔話に何度か出てきたぞ。
それにミヨさんと散歩をしている時にお墓の前を通ったこともある。
どうやら先生と冴子さんはミヨさんのお墓の話をしているようだ。
耳をそばだてているモンちゃんにはおかまいなく
功太君は嬉しそうにモンちゃんのほっぺたを突っつき、
小さなゴムボールを投げて「取ってきて!」とせがむ。
仕方ないなぁ、と追いかけながらも、久しぶりに功太君と遊べる楽しさに
モンちゃんの心もゴムボールのように軽く弾んでいた。
いろんな事情で日帰りしなくてはならない二人だったが、
功太君はどうにも寂しそうに「帰りたくないもん!」と駄々をこね、
「仕方ないのよ。」と功太君をなだめている冴子さんも寂しそうであった。

さて、翌日のこと。ちょうどお休みだった川橋先生は
「モンちゃん、ミヨさんのお墓に参ってくるからね。」と言い、バイクで出かけていった。
当然自分も連れて行ってもらえるものと信じて疑わなかったモンちゃんは、
あまりに突然の出来事に自分の耳を疑った。
先生は本当に優しくて、僕の気持ちをじゅうぶん分かってくれる人だと信じていたのに、
ミヨさんのお墓にお参りしたいという切なる願いを察してはくれなかった。
もちろん他の犬よりはずいぶんと賢いことを先生も知っているはずだが、
まさか僕の頭の中でこれほどいろんなことが繰り広げられていようとは
さすがの先生にも想像出来なかったのであろう。
だからといって、犬の僕を木につないで、自分だけミヨさんのお墓参りにいくなんて。
「こうなったら、自分で探しに行くしかない。」とモンちゃんは心に決め、
それからしばらくは「先生の隙を見て逃げ出す計画」ばかりを考えていた。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第二十一話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 先生といっしょに病院に着いて久しぶりに見た中庭は、
桜の花びらが敷き詰められていて絵のように美しかった。
何人かの患者さんが「おお!」と声を上げて駆け寄って、モンちゃんをなでたり
「しばらく見なかったけど、元気だったかね?」と話しかけたり。
みなそれぞれに、モンちゃんが再びこの病院に来たことを喜んでくれていた。
病室の窓の向こうにミヨさんが居ないことをのぞけば、以前と変わらない穏やかな情景であった。

そんなある日。先生がモンちゃんを連れて行ったのは
ミヨさんが居た病棟に並んで建っている「ケア棟」と書かれた建物だった。
「モンちゃん、ここにはね、外に出られる人もいるんだけど、
自分の部屋から出られない人やベッドから起きられない人も居るんだ。
みんな、モンちゃんの話を聞いて会いたがっているから来てくれる?。」
先生はいつも、モンちゃんにちゃんと分かるように丁寧に話をしてくれる。
それはモンちゃんにとって本当に有り難いことだった。
それからは、数日に一度の割合で先生と一緒にケア棟に行くことがモンちゃんの仕事となり、
そこに居る人たちの顔は日増しに明るくなっていくのであった。

 ある日、モンちゃんがケア棟の廊下を歩いていると、
介護スタッフの女性がきょろきょろと辺りを見回しながら
「山口さんったら、どこにサンダル脱ぎっぱなしにしちゃったんだろう。」とつぶやいて
モンちゃんのすぐ横を通っていった。
これは、僕の出番だ、と直感したモンちゃんは両耳をピッと立てて、玄関から駆けだした。
いくつかある出入り口の場所は、先生に連れられて何度か見ているのでしっかり覚えていた。
一カ所ずつ回って「山口」と書かれたサンダルがないかどうか丁寧に見ていくと、
裏庭に通じる出口でついに見つけることが出来た。
いくら器用なモンちゃんでもさすがに両方は口にくわえられないので、
先ずは片方くわえてスタッフの女性の元に持っていくと
「まあ、何てこと!どうしてこれが山口さんのだと分かったの?」と目を丸くして驚かれた。
「わん!」と得意げに一声吠えてさらに片方を取りに走り、意気揚々と戻ってくると、
話を聞いて集まった何人かのスタッフの人たちがみんなで
「すごい!モンちゃんって賢いね!」と口々に誉め、拍手までしてくれている。
それからは何かにつけて「ねえ、モンちゃんお願い。」と大声で呼ばれては、
スリッパやタオルなどの探し物をを頼まれることが増えた。
時には「山口」「森川」のようにモンちゃんの読める名字ばかりではなく
「倉掛」「詫間」など、難しくて読めない名字の人の時もあって、
「今日はどうしたの?モンちゃん、探してきてくれないの?」と言われて
半日ばかり落ち込んだりすることもあったが、
人の役に立つ嬉しさでモンちゃんは日増しに元気になっていくのだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第二十話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 ミヨさんの言葉に、明るく元気でいようと心に決めたモンちゃんは、
疲れ知らずの功太君と朝から日暮れまで本当によく遊んであげた。
辛い気持ちを押してミヨさんの持ち物の整理をしている冴子さんは、
そんなモンちゃんと功太君のおかげでずいぶんと助かっていた。

 ある日、功太君が戸棚の引き戸から何冊かの本を引っ張り出してきた。
そのうちの一冊である 「イソップものがたり 1」を開くと、
功太君は嬉しそうに何かを指さして「モンちゃん!」と叫んでいる。
モンちゃんが覗き込んでみるとそれは「よくばり犬」の絵だった。
違う。僕はこのよくばりな犬とは少しばかり出来が違うんだ。
ミヨさんにいつも「モンちゃんはこんな犬と違って賢いね」と誉められていたっていうのに。
その悔しさを伝えられないもどかしさに「おぉん!」と一声吠えると、すかさず冴子さんが
「あら、功太。あの時モンちゃんが入るな、キケン、っていう字を読めなかったら
功太は大怪我をしていたんだよ。モンちゃんはすごく頭がいいんだから。
負けないように、功太も字を読む練習をしようね。」と言ってくれた。
その言葉でモンちゃんはすっかり気分が良くなり、急にやる気を出して
次々と本を出してきては読もうとする功太君を励ますように寄り添った。

 初七日の法要が営まれた日、診察の合間を縫って川橋先生が来てくれた。
「モンちゃん、少しは元気になったかな。患者さんたちも心配してたよ。」と言いながら
一週間ぶりにモンちゃんに会えて、先生も嬉しそうだった。
中庭に集う患者さんたちは、いつもモンちゃんを可愛がってくれていた。
ミヨさんに会えない日々も、モンちゃんが何とか頑張れていたのは
川橋先生とあの患者さんたちのおかげだった。
パンをくれたおじさんや飼っていた犬の話をしてくれた女の人。
次々に優しい人たちの顔を思い出して懐かしむモンちゃんに
「ねえ、モンちゃん。冴子さんと功太君が帰っちゃったら、病院に来てくれないかなぁ。
患者さんたちもみんな、モンちゃんに会いたがってるんだ。」と先生が言ったので、
モンちゃんはあまりの嬉しさに「わん!わんっ!」と言いながら辺りを駆け回った。
先生の病院で、患者さんたちを少しでも元気づけることが出来るなんて。
話を聞いていた冴子さんも「先生、本当にいいんですか?」と言いながら少し涙ぐんでいる。
「いろいろ事情もあって、モンちゃんをあちらに連れて帰るのは難しいんです。
だからこの数日、一体どうしたらいいだろうって悩んでいて・・・。」
「だったら、決まりだね。モンちゃん、今度は段ボールじゃなくて
ちゃんとした立派な犬小屋を作って上げるよ!」先生が笑顔でそう言って
赤ちゃんに「高い高い」をするようにモンちゃんを抱きあげたものだから、
功太君も慌てて「僕も!」と駆け寄り、先生に抱っこしてもらうのだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十九話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 翌日の葬儀の間は、モンちゃんは功太君と川橋先生といっしょに居た。
モンシロチョウがひらひらと舞って菜の花にとまるのを眺めたり、
空を行く雲が何となく象の群れに似ているね、と話をしたり。
出来るだけ悲しいことを考えないで居たい先生とモンちゃんは、
傍らで無邪気に笑う功太君のおかげでずいぶんと救われていた。
「僕、ちょうどお休みでラッキーだったよ。モンちゃんと功太君と遊べて。」
やさしく笑いながらいう川橋先生の横顔を見上げると、
男の人の割に長い先生のまつ毛が涙で濡れていた。

 冴子さんのご主人は家業の造り酒屋の仕事のためにすぐ帰らないとならなかったが、
功太君と冴子さんはしばらくミヨさんの家に泊まることになった。
去年の秋、功太君がまだ帰りたくないと駄々をこねた時に
「またおいでね。」とやさしく言ったミヨさんのことを、冴子さんは思い出していた。
モンちゃんもまた、あの時のミヨさんのやさしい笑顔を思い出しながら、
この家にミヨさんの居ない悲しさに押しつぶされそうになっていた。
そんなモンちゃんの気持ちを察して、冴子さんはお布団を並べて
みんなでいっしょに眠れるように整えてくれた。

このところの疲れから、冴子さんも功太君も寝付きは早かった。
モンちゃんは二人の寝息を穏やかな気持ちで聞きながら、
ミヨさんとお布団で話したいろいろなことを思い出していた。
すると突然、中庭で聞いた時と同じように、ミヨさんの声が聞こえてきた。
「モンちゃん、寂しい思いをさせてごめんね。姿は見えないかも知れないけれど、
私はずっとモンちゃんのそばにいるから心配しないでね。
いつまでも悲しんでいないで、元気なモンちゃんに戻って頂戴。お願いね、モンちゃん。」
それはどう考えても夢ではなかった。モンちゃんは背筋をしゃんと伸ばして、
大好きなミヨさんの言うことを一言も聞き逃さぬように大切に聞いていた。

翌朝。朝食の支度をしていた冴子さんが振り返ると、
朝刊を口にくわえてシッポをふりながらやってくる、元気なモンちゃんがそこに居た。
その気配に起き出した功太君が「モンちゃん、新聞おいしい?」と真剣な顔で聞くので、
思わず冴子さんも吹き出して笑ってしまった。
こうやって、何気ないことでふと笑ったりしているうちに、きっと本当に元気になれる日が来る。
冴子さんは、モンちゃんと功太君の嬉しそうな様子を眺めながらそう思っていた。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十八話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 こんなに悲しいのに、どうして変わることなく桜は咲いているのだろう。
どうして、空はこんなに青くて澄み切っているのだろう。
川橋先生が病室に戻ってしまって独りぼっちになったモンちゃんに、
事情を知らない患者さんが「可愛いねぇ。」と話しかけてなでて行く。
でも、今は少しも嬉しくないんだ。誰が話しかけてくれたって、
チョウチョが僕の鼻をくすぐって飛んでいったって、僕は何も感じないんだ。
うずくまって眠ったふりをするしかないモンちゃんを癒してくれるのは、
茶色い背中をやさしく包んでくれる春の日差しだけだった。

 病院での様々な手続きを済ませて、冴子さんがモンちゃんを迎えに来てくれた。
「モンちゃん、ごめんね。いっしょに帰ろうね。」
背筋を伸ばして悲しみに立ち向かっている冴子さんだが、
歩きながら顔を見上げるとその目は真っ赤に泣きはらしていた。
誰よりも辛い時に人一倍頑張らなくちゃならないなんて、人間は何て大変なんだ。
そんな冴子さんに出来るだけ迷惑をかけず、少しでも力になりたいとモンちゃんは思うのだった。

 弔問に訪れる人が途切れるまでは、モンちゃんは庭の金木犀の木につながれていた。
犬を苦手な人もいるだろうという、冴子さんの配慮からである。
夜9時を回り訪れる人もいなくなった頃、モンちゃんはやっと部屋に入ることが出来た。
ミヨさんの棺のそばには、ミニカーを手にした功太君が座って無邪気に遊んでいる。
モンちゃんはゆっくりと近づき、横たわっているミヨさんの顔をそっと見た。
きれいな花に囲まれ、少し微笑んだその顔を見ていると
「モンちゃん、お散歩に行こうか。」と今にも言ってくれそうだった。
ミヨさんがよく着ていた小豆色のカーディガンの横に、
冴子さんが入れてくれたモンちゃんの写真が添えられている。
「いつでもそばに居るからね。」というミヨさんのやさしい声が聞こえてきそうだ。
「モンちゃん、明日、お庭で遊ぼうね。」と嬉しそうに言う功太君の可愛いほっぺたに
「いいよ。明日遊んであげる。」の気持ちをこめて、モンちゃんは頬ずりをした。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十七話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

季節は冬から春へと向かっていた。
ミヨさんの手足のリハビリは順調であったが、
失われた言葉を取り戻すことは思ったよりも難しかった。
それでも、数日に一度は冴子さんに車椅子で中庭に連れ出してもらい
モンちゃんの姿を見つけるとまるで子どものように嬉しそうな笑顔を見せて、
お昼の残りのパンを分け合って食べたりしながら長いこといっしょに居た。
中庭に集う患者さんたちも、そんなミヨさんとモンちゃんの姿を見て
何だかほんわかと胸があったかくなるのだった。

 やがて3月も半ばを過ぎて中庭の桜の花が一斉に開き始め、
外に出て日向ぼっこを楽しむ患者さんの数も日増しに増えていた。
若草色のベンチに座って話をする人たちの表情も、心なしか明るく見える。
うららかな春の日差しの中、
「ミヨさん、しばらく中庭に来ないなぁ。」と気にしながらもうたた寝をしていたモンちゃんは、
どこか遠くの方から「モンちゃん、本当にありがとう。楽しかったよ。」と聞こえた気がして、
慌てて飛び起きて辺りを見回した。けれど、そばには誰も居ない。
夢だったのだろうか。あの声は、たしかにミヨさんの声に違いなかった。
中庭に面した病室の窓の方を見つめながら、
モンちゃんは不思議な気持ちに包まれて首をかしげていた。

それからしばらくすると、川橋先生がモンちゃんのところに走ってきた。
「モンちゃん。落ち着いて聞いてね。ミヨさんが・・・。
ミヨさんがね、急に具合が悪くなってしまって・・・。
ああ、どう言ったらいいんだろう・・・。天国に行ってしまったんだよ・・・。」
モンちゃんは何も考えられなかった。天国って何?
川橋先生は何で泣いているのだろう。ミヨさんが一体どうしたっていうんだ。

でも。本当は天国のこと、僕はちゃんと知っている。
マッチ売りの少女だって、フランダースの犬だって
全部ミヨさんがお布団の中で、やさしい声で読んでくれたんだ。
だから、命あるものはみないずれは天国に行くということを、頭では分かってる。
でも、大好きなミヨさんだけは違うって思ってたんだ。なのに、なのに。

悲しい事実をすべて理解してしまったモンちゃんは、川橋先生の腕の中でいつまでも泣き続けた。

ー続くー


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