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ボクが選んだボクの人生~10 もう、引き返せない~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 下界に降りるとすぐに、マンションのベランダから彼女の家に入る。
ソファーのあるリビングには彼女の姿はなく、ドアの向こうの洗面所や浴室にもいない。
夜風に当たるために外に出たのだろうか。
とはいうものの、もう日付が変わってしばらく経っている。
女性が一人で外に出るのは危険きわまりない。

 しばらく耳を澄ましていると、廊下に連なるドアの向こうから
何かを取り落としたような「カタン」という物音がした。
ドアをすり抜け部屋に入ると、ベッドの脇に置かれた机に向かって
何か書いている彼女の姿があった。
さっきの「カタン」は、どうやら鉛筆か何かを落とした音だったようだ。
今はまだ「実体」がないのだから、音を立てないように、という気遣いは無用なボクなのに、
何となく息をひそめてこっそりと彼女に近づいた。
彼女が書いているのは「日記」だった。

 日記には、病院で調べたら妊娠が分かったことと、
それを彼に話したら困った顔をされてしまったことが書かれていた。
あのとき感じた、漠然とした不安は本当だった。
このままパスワードを使っても、ボクは生まれることが出来ないかも知れない。
でも、その時ボクは何となくこう思ったんだ。
彼女を一人にはしておけないって。ボクがそばにいよう、って。
ほんの数時間しか経っていないけれど、彼女を他人とは思えない自分が此処に居る。
どっちみち、今回の権利を放棄して並び直せば何年もかかるのだ。
これからどうなるか分からないけれど、とにかく彼女の子どもになろう。
腹をくくって、ボクは祈るような気持ちでパスワードを押した。


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