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天才モンちゃん今日も行く(第六話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 ミヨさんが日めくりに書いていた「川橋医院、3時」という文字を、
モンちゃんは留守番の間に何となく眺めて覚えていた。
以前、散歩の途中で見かけたことのある三階建ての病院に違いない。
角の総菜屋のおじさんが「モンちゃん、コロッケはうまかったかい?」と
声をかけてくれるが、今は「わん!」と返事をするいとまもない。
この前読んでもらったばかりの、あのメロスの気持ちを思いながら、
モンちゃんは川橋医院の方角を目指してひた走った。
途中、冷たい雨が降り始めたが、モンちゃんは委細構わず走り続ける。
人から見れば雨の中を走るただの犬だが、モンちゃんの心はメロスになりきっていた。

 どれくらい走っただろうか。ついに川橋医院に着いた。
中から出てきた人が「汚い犬だな」といった顔で「しっしっ」とモンちゃんを追い払う。
だが、「わん」と吠えるとますます立場が悪くなりそうで、ぐっと我慢した。
次に出てきた人の足をよけながら植え込みのそばに行くと、
何やら白い袋が落ちていて、中には薬を入れた紙袋が入っていた。
鼻先を入れて薬袋に書かれた名前を見ると「犬」と書いてある。
その隣の字はどうやらメロスに出てきた「走る」という字のようだ。
「ミヨさんの名前だ!」モンちゃんは嬉しくてくるくると何度か回った。
すぐに袋の持ち手を口にくわえて、ミヨさんの家を目指して走り出す。
水たまりに自分の姿が映ったのが見えたけれど、
「僕はよくばり犬と違ってたいそう賢いから、あれは自分だと知っているのだ」と
誇らしげにシッポを立ててきりりとした表情で走り続けた。

 家に帰り着くと、ミヨさんは玄関先に座り込んでいた。
「モンちゃん、帰ってきてくれたの!こんなに濡れて寒かったでしょう。」
やさしいその言葉に、モンちゃんはもう少しで泣きそうになった。
涙をこらえながら口にくわえた白い袋をミヨさんに見せると、
「ああ、モンちゃん!これは私のお薬!一体何処にあったの。
モンちゃんはどうやってこれを探してきてくれたの。」
自分が人間の言葉を話せないことを、これほど悔しく思ったことはない。
けれど何も説明出来なくたって、こんなに喜んでくれるミヨさんが居る。
モンちゃんはミヨさんと生きていく幸せをひしひしと感じながら、
さっき食べ残したコロッケを美味しそうに食べるのであった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第五話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 買い物やちょっとした用件にはモンちゃんを連れて行くミヨさんだったが、
血圧の薬をもらいに病院へ行く時は留守番させるより仕方がなかった。
「モンちゃん、お薬をもらいに行ってくるからね。帰りに角の総菜屋さんで
コロッケを買ってきて上げるよ。」と言って出かけるミヨさんを見送ると、
モンちゃんはひときわ寂しそうに「くーん。」と鳴いた。
 
 しかし、ずっと所在なげにしているのはいかにも勿体ないので、
ミヨさんが広げておいてくれた絵本を次々に眺めては、
平仮名や片仮名だけでなく、振り仮名の振ってある漢字までも覚え始めた。
絵本に出てくる漢字だから、せいぜい「山」とか「川」などの簡単な字ばかりだったが、
モンちゃんの薄茶色の胸は新しいことを覚える喜びに高鳴った。

 そうして二時間も経った頃だろうか、ミヨさんが病院から帰ってきた。
お土産のコロッケは揚げたてでやけどしそうなほど熱かったが、
ミヨさんが帰ってきてくれたうれしさと相まって涙が出るほど美味しかった。
半分ほど食べ終えたところで、ミヨさんが声を上げた。
「お薬が、ない。どこにもないのよモンちゃん。どうしましょう。」
何ということだ。せっかくもらいに出かけたお薬がないなんて。
血圧の薬だから、毎日飲まないといけないのに。
そうだ。僕が探してきてあげよう。今こそ大事な人のために走るんだ。
モンちゃんは「わん、わんわんっ!」とミヨさんに告げると、玄関から駆け出していった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第四話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 モンちゃんが「イソップものがたり 1」の中でとりわけ気に入っているのは「よくばり犬」であった。
ページをめくってもらうたびに、犬の絵がたくさん出てくる。
おまけに「ほねつき肉」などという、犬にとって限りなく魅力的な単語が満載だ。
橋の上から、川の水面に映った自分の姿に「わん!」と吠えて肉を落とすところになると、
「バカだなぁ。僕ならこんなへまはしないぞ。」とモンちゃんは思う。
ちょうど同じタイミングでミヨさんが、
「バカだねぇ、この犬は。モンちゃんだったらあれは自分の姿だって
きっと分かるだろうにね。何しろ数字が読めるほどお利口なんだから。」と
誉めてくれるので、モンちゃんは有頂天になるのだった。

 そんな彼に、もっといろいろな本を読んでやりたいと思ったのか、
ミヨさんがある日持ってきたのは「走れメロス」を児童向けにしたものだった。
娘さんが小学校に入ったばかりの頃に読んであげていたものらしい。
「モンちゃん、えらいねえこの人は。王様にちゃんと思ったことを言っている。
誰にも出来ることではないね。町の人は誰もが、王様が怖くて黙っていたのに。」
今までになく熱く語るミヨさん。きっと娘さんもこの話が好きだったのだろう。
「セリヌンティウス」とか「暴君ディオニス」だとか、出てくる名前は少々難しすぎるけれど、
身代わりの友を救うために走るのだ、というあたりに来るとモンちゃんは身震いがした。
最後まで読んでしまうと決まって涙ぐんでいるミヨさんを見るたびに、
「僕も大事な人のために走りたい。」という思いが強くなっていくのだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第三話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 縁側にあたたかい日差しのはいる冬の午後は、どうしたって眠くなる。
昼ご飯を食べたあとは特にそうだ。まぶたが勝手に下りてくるのだ。
ミヨさんと仲良く並んでうつらうつらと昼寝をしていたモンちゃんは、
隣の庭先から聞こえる猫の鳴き声で目が覚めてしまった。
紙くずで作ったボールでも転がして遊んで欲しいのだが、
ミヨさんはすやすやと寝息を立てて起きる気配もない。
退屈なので一人起き出して、少し開いていた戸棚の引き戸を
器用に鼻でこじ開けて首を突っ込み、えいっと中を覗いてみた。

 手頃なおもちゃは見あたらなかったが、絵本が何冊かあるようだ。
そのうちの数冊を口にくわえ、引っ張り出して眺めてみることにする。
一番上にあった絵本の表紙に「イソップものがたり 1」と書かれているのを、
モンちゃんは少し首をかしげながらじーっと見つめている。
はじめのところは読めないけれど、数字は読めるぞ。「1」と書いてあるのだ。
モンちゃんは余りのうれしさに「わん」と一声吠えた。
(彼の名誉のために一応付け加えておくが、「1」と「わん」をかけた洒落ではない。)
そのモンちゃんの一声で目を覚ましたミヨさんが、
「おや、どうしたのモンちゃん。本を読んで欲しいのかい?」と尋ねてくれたので、
ますます嬉しくなったモンちゃんは「わん、わん!」と二度も吠えた。

 こうしてモンちゃんは、大好きなミヨさんに本を読んでもらえるようになった。
本をくわえて嬉しそうにシッポを振ってやってくるモンちゃんのおかげで、
あたたかい日差しの中で昼寝の出来なくなったミヨさんだが、
遠くにお嫁に行った自分の娘を思いながら本を読む横顔は、とても幸せそうだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第二話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 年のわりに足腰は達者だが、ミヨさんは最近とみに小さな字が見えにくくなっていた。
新聞をそこらに置いておくと、どれが今日の朝刊だか分からなくなる時があって、
「モンちゃん、いったいどれが今日の新聞だろうねぇ。」とつぶやきながら、
口をとがらせ目をこらして今日の朝刊を探している。
読む時にどうせ必要なのだから、先に老眼鏡をかけて探せばいいようなものだが
何故だかミヨさんは先にその日の新聞を探し、見つけてから老眼鏡をとってくる。

 一緒に新聞を見比べても、初めのうちは皆目見当がつかなかったが、
何しろ役に立ちたいという強い気持ちが彼にはあった。鬼の一念岩をも通す、である。
部屋の片隅にかけてある日めくりとミヨさんが指さす新聞の日付を
根気強く見比べているうちに、モンちゃんには少しずつ「法則」が分かってきた。
ある日、いつものように新聞を並べて困った顔をしているミヨさんの横で、
彼は「11」と「12」と書かれた新聞の日付と日めくりの「12」を見比べ、
鼻息を荒くしながら「12」と書かれた方の新聞を口にくわえて持ち上げた。
ミヨさんは笑いながら新聞を受け取り、やおら老眼鏡をとりに行く。
モンちゃんが本当に今日の新聞を選んだなんて、さすがにまだ信じてはいない。
だが座布団に座って眼鏡をかけ、日付の欄を見たミヨさんはまあるく目を見開いた。
「モンちゃん、どうして分かったのかねぇ。数字が読めるのかい?」
この日はまだ半信半疑であったミヨさんだが、それから何日も繰り返すうちに
モンちゃんの才能に少しずつ気づき始めたのであった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第一話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 何やら立ち止まって、町の掲示板をじっと見ている犬が居る。
彼の名前は犬走文次郎。ちょっと変わった名前だが、
読み方はブンジロウ、ではなくてモンジロウ。
犬走、というのは、モンちゃんの飼い主であるミヨさんの名字で
読み方はイヌバシリ。いかにも足の速そうな素敵な名前だ。

 おじいさんが亡くなったあと一人暮らしだった犬走ミヨさんは、
ある日散歩の途中で、小さな公園の隅に置かれた小さな箱から
「くーん、くーん。」と声がするのに気づいた。
そばまで行って覗いてみると、茶色にいくぶん白の混じった
いかにも雑種らしい子犬がこちらを見てシッポを振っている。
たいそうお人好しだったおじいさんの面影に
どことなく似ていると思ったミヨさんは子犬を連れて帰り、
おじいさんの名前である「文太郎」になぞらえて「文次郎」と名付けた。

 少々気紛れなところもあるミヨさんだったが、モンちゃんにはいつだってやさしかった。
雨さえ降らなければ朝に夕にモンちゃんと散歩に出かけ、
歯が悪いから食べられないお肉を、モンちゃんのためだけに奮発して買ってくれる。
寒い日にモンちゃんがお布団にもぐり込むと、
「来てくれたんだね、ありがとう。あたたかくて気持ちがいいよ。」と
やさしい声で言いながら頭をなでてくれるのだった。
モンちゃんは日が経つにつれて、こんなにやさしくしてくれるミヨさんのために
何か出来ることはないだろうか、と考え始めた。

ー続くー


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