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天才モンちゃん今日も行く(第十六話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 早起きな小鳥たちのおかげでいつもより早く目が覚めたモンちゃんを
朝のジョギングを終えた川橋先生が中庭まで連れて行ってくれた。
「朝走るとね、お散歩してる犬にいっぱい会えるんだ。よく見てるとね、
犬と飼い主さんって似てるんだよ。モンちゃんと犬走さんも何だか似てるもんなぁ。」
そうかなぁ、と思いながらも先生があまりに嬉しそうに笑うので、
つられて自分も嬉しくなるモンちゃんなのだった。

 先生が病棟に戻ってしばらくすると、冴子さんが病院にやってきた。
先生のことだから、昨日のうちに電話で連絡をしてくれたのに違いない。
「モンちゃん、よかったね。先生のおかげで寂しくなかったね。」と明るい声で言いながらも
心なしか表情が曇っているのは、ミヨさんの病状を案じてのことだろう。
「功太はね、置いてきたのよ。病院に連れてくると騒いじゃって大変だからね」
という冴子さんの言葉を聞くと、モンちゃんは無性に功太君に会いたくなった。

 それから数日は、冴子さんが病院に行く時にモンちゃんもついて行き、
買い物をしたりしながらいっしょに帰るという日々が続いた。
「お母さんはね、ちょっとずつよくなってきてるのよ。自分でスプーンを持って
おかゆを食べられるようになってきたの。」冴子さんが帰り道に話してくれる
ミヨさんの様子を聞くと、モンちゃんはミヨさんに会いたくてたまらなくなった。
患者さんたちが次々とやさしく頭をなでながら話しかけてくれることが
今のモンちゃんにとって何よりのなぐさめだった。

 さらに2週間ほど経った頃だろうか。
中庭にいるモンちゃんのところに、川橋先生がやってきた。
車椅子を押しながら歩いてくる先生のすぐ後ろから、冴子さんもついてきている。
「あの人は誰だろう。」車椅子に乗った人の顔を、モンちゃんはじっと見つめた。
何度も、何度も目を見開いて。夢じゃないかと思いながら、何度も。
あの人はミヨさんだ。本当にミヨさんだ。僕の大好きなミヨさんだ。
モンちゃんは嬉しくて嬉しくて、中庭にいる人がみな驚くくらい
大きな声で何度も「わん!わんっ!」と吠えて飛び跳ねた。
モンちゃんのところまで来ると、ミヨさんは声を上げて泣きながら
両手でモンちゃんの首のところを何度もぎゅっと抱きしめた。
気がつくと、先生も冴子さんも、そして中庭に居た人たちもみな
こらえきれずに目を潤ませているのだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十五話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 病院の中庭は、モンちゃんが想像していたよりもはるかに広かった。
何本かある桜の木の下にきれいな若草色のベンチがあり、
パジャマの上に厚手のカーディガンを羽織った初老の女性が本を読んでいる。
先生はモンちゃんのリードを空いているベンチの支柱につないで病棟の方へ行き
しばらくすると約束通り温かい牛乳を持ってきてくれた。
「今からミヨさんの病室に行って様子を見てくるね。そのあと他の患者さんの
回診もあるから、ここでお利口にして待ってるんだよ。」
きちんと説明してくれる先生の、自分を一人前に扱ってくれる優しさが
不安でたまらないモンちゃんの気持ちをずいぶんと和らげてくれていた。

 先生の後ろ姿を見送って、牛乳を飲んでいたモンちゃんのそばに、
別のベンチに座っていた女性が近づいてきて、静かにモンちゃんの頭をなで始めた。
「いい子ねぇ。先生、きっとすぐに帰ってきてくれるからね。」
女性はモンちゃんのことを川橋先生の飼っている犬だと思っているようだ。
「昔うちで飼っていた子にちょっと似てるわ。懐かしい・・・・。」と言いながら
モンちゃんの顔をじっと見つめて涙ぐんでいる。
モンちゃんはその人の膝に体をくっつけて「くーん。」と小さく言った。
「ありがとう。話してたら、何だか元気が出たわ。ほんとにありがとう。」というと、
その人は笑顔で手を振りながら病室の方へ帰っていった。

 同じように何人かの患者さんがモンちゃんのそばに来て頭をなでては、
いろいろな話をしたあと笑顔で手を振って去っていく。
何度となくそれが繰り返されるうちに、回診を終えた川橋先生が戻ってきてくれた。
「寂しかった?ごめんね、待たせちゃって。寒かったでしょう。
おばあちゃんはね、手を握ると少しだけ握り返してくれるようになってきたよ。」
そう言うと、先生はモンちゃんのリードをベンチからはずして病院の裏へ連れて行った。
「見て、モンちゃん。僕が段ボールで作ったんだよ。なかなかいいでしょう。
何たって図工は大の得意だったからね。」と嬉しそうに笑う先生。
冬の夜でも寒くないようにと、先生が作ってくれた「モンちゃんの別荘」は、
ミヨさんのお布団に負けないくらい暖かだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十四話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 鍵のかかった玄関を開けることの出来ないモンちゃんは、
ミヨさんが雨戸を閉めずにおいた縁側から庭に出て、裏木戸の下から先生を呼んだ。
先生はミヨさんの様子を診るとすぐに電話で搬送車を呼び、
到着を待っている間にモンちゃんに話をしてくれた。
「モンちゃん。まさかと思ったけれど、本当に僕に電話してきてくれたね。すごいねぇ。
僕も小さい頃に犬を飼っていてね。毎日本当によく遊んだんだよ。
僕が学校でいじめられて帰ってくると、僕の耳をなめて元気づけてくれるんだ。
モンちゃんと初めて会ったような気がしないのはそのせいかな。」
先生はそういうと、モンちゃんの首の辺りをやさしくなでてくれた。

 やがて搬送車がやってきて、ミヨさんを病院に運ぶ段取りを始める。
不安そうに「くーん・・・。」と鳴くモンちゃんに、
「明日、様子を知らせに来てあげるよ。」と言い残して先生も乗り込んでいった。
一人残されたモンちゃんの不安は計り知れないものであったが、
先生がミヨさんのそばについていてくれるという安心感でどうにか頑張れた。
いつもならミヨさんと二人で入るお布団も今夜は一人。
寒くて眠りにつけないモンちゃんの耳に、除夜の鐘はやけに寂しく響いた。

人々が新年の挨拶を交わす頃、聞き慣れたバイクの音が聞こえてきたのを
モンちゃんは聞き逃さなかった。先生だ。若先生だ。
「寂しかった?もう大丈夫だよ。おばあちゃんはまだお話は出来ないけれど、
病院でがんばってるからね。モンちゃんも病院に来て、
おばあちゃんを応援してくれる?」と言うと、先生はにっこり笑った。
それまで、たった一人で耐えるしかなく気力で頑張っていたモンちゃんは、
糸が切れたように力が抜けて先生の腕の中に崩れ落ちてしまった。
「そうか、そうか。ほんとに辛かったね。病院に着いたら
あっためた牛乳を持ってきてあげるからね。もう大丈夫。さあ、行こうか。」
先生の温もりと優しい言葉が、モンちゃんの心と体をふんわりと包んだ。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十三話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 何度目かのクリスマスをミヨさんと共に過ごしたモンちゃんは
しめ飾りを買いに買い物車で出かけたり庭の落ち葉を片づけたりしては、
年の瀬の忙しさを自分なりに楽しんでいた。

 お正月の支度も済んだ、大晦日の夜のことだった。
お風呂に入ろうとコタツから出て立ち上がったミヨさんが
「ああ・・・・。」とうめき声を上げながら突然倒れてしまった。

 すぐさまミヨさんに駆け寄って顔を覗き込んだが、小さく唸るだけで何も話せない。
モンちゃんはしばらく途方に暮れていたけれど、
川橋先生の言った「何かあったら電話するんだよ。」という言葉を思い出し
電話機をしばらく眺めながらどうしたものかと考え始めた。
近くでよく見ると、小さな字でいろいろ書かれたボタンがある。
難しくて読めない字の中に、「川橋」という見慣れた文字を見つけたモンちゃんは
「これだ!」と思った。川橋先生が電話機に何かしておいてくれたのだ。
無我夢中でそのボタンを押し続けているうちに、モンちゃんのもう片方の前足が
勢いで受話器をはねとばし、コールサインが何度か聞こえた。

 受話器から聞こえてきたのは若い男の人の声だった。
一度しか会ったことはないけれど、この声は間違いなく「若先生」だ。
モンちゃんは声の限り叫んだ。「ミヨさんを助けて!」と。
他の誰にも「わん!わんわん!」としか聞こえないであろうその声は
携帯電話をあてている川橋先生の耳にだけ「ミヨさんを助けて!」と聞こえた。
先生のバイクの音が遠くから聞こえてきたのはそれから数分後のことだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十二話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 数日が過ぎて空き地での一件を忘れ去った功太君は、
毎日飽きもせずモンちゃんの後を追いかけては庭でボールを投げ、
ちょっと目を離すと冴子さんが台所で何かしている隙を見て脱走を試みる。
そんな功太君のお守り役にへとへとになりながらも、
何だか可愛い弟が出来たようでまんざらでもないモンちゃんなのであった。

 さらに数日。
ミヨさんはずいぶんと元気になり、暖かい昼間のうちに散歩に出られるほどになってきた。
「うちのことも気になるから、そろそろ帰るね。」という冴子さんの言葉を聞いた功太君は、
すぐに走り寄ってきてモンちゃんにぎゅっとしがみつき、
「やだ!モンちゃんともっと遊ぶ!」と泣きじゃくりながら駄々をこねている。
「またおいでね。」とミヨさんがやさしく諭しても、
冴子さんが「また来れるからね。我慢してね。」と頭をなでても
ずっとしゃくりあげて「モンちゃんともっと遊びたい・・・。」と泣く功太君に、
モンちゃんもたまらなく寂しくなって泣きそうになるのだった。

 冴子さんと功太君が帰ってしまってミヨさんと二人きりの暮らしに戻ると、
モンちゃんは以前にも増して「何か役に立つこと」を探すようになっていた。
新聞受けから今日の朝刊を取ってくると、ミヨさんの手の届くところに置き
老眼鏡を運んで、昨日の新聞は納戸に片づけておく。
郵便屋さんや回覧板を持ってきた町内の人の気配がすると、
一目散に玄関に飛んで行き、受け取ってミヨさんのところに運ぶ。
お薬の時間になると、薬袋の置いてある棚のところに行って
「わん!」と吠えてシッポを振り、ミヨさんに知らせるのであった。
「僕に手があれば、洗濯やお掃除もしてあげられるのに。」と悔しく思いながら、
自分に出来ることはすべてしてあげようとするモンちゃんに、
「ありがとうねぇ。モンちゃんが居てくれるから本当に安心だよ。」と
やさしく言いながら頭をなでてくれるミヨさん。
「この幸せな時間がずっと続きますように」とモンちゃんは心から願うのであった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十一話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 ミヨさんはじきに起きて一人で歩けるようにまでなったが、
モンちゃんは心配でたまらず、その夜はずっとミヨさんのそばに居た。
お布団に入ってからも、ミヨさんの寝息が聞こえないとたちまち不安になり
何度も起きあがっては耳を澄ませるのだった。

 そして翌朝。睡眠不足のせいもあって、少し疲れ気味のモンちゃんの前に
救世主が現れた。ミヨさんの一人娘、冴子さんである。
ミヨさんの様子が気になるので、孫の功太君を連れて帰ってきてくれたのだ。
功太君はまだ三歳。やんちゃ坊主で疲れを知らないとびきり元気な男の子である。
モンちゃんは「ミヨさんを守れるのは自分しか居ない」という責任の重さから
解放されたのもつかの間、功太君の格好の遊び相手にされてしまった。
何しろ庭でボールを投げられるとついつい追っかけてしまうモンちゃんの習性を、
功太君はしきりに面白がって何度も繰り返しボールを投げる。
そしてそれに飽きると今度はモンちゃんの背にまたがって「金太郎ごっこ」をせがむ。
怒濤の「遊ぼう攻撃」にさすがのモンちゃんも疲れ果ててしまった。
それでも、ミヨさんのそばに冴子さんがいてくれると思うとずいぶんと安心で、
功太君の遊び相手くらいは頑張らなくては、と思うのであった。
 
次の日のこと。
功太君とモンちゃんを連れて買い物に出かける途中で
冴子さんは懐かしい友達と出会い、嬉しくてついつい長話になってしまっていた。
退屈が何より嫌いな功太君は、すぐさま冴子さんの手を振り切って何処かに行こうと試みる。
たまたますぐそばにあった空き地に功太君が駆け足で入って行ったので、
モンちゃんは慌ててあとを追いかけた。
空き地の隅の方のブルーシートをかけた場所に「入るな、キケン。」と書いた立て札が立っている。
「キケン」のところが片仮名で書いてあったのですぐさま読めたモンちゃんは、
無我夢中で功太君の上着の裾を噛んで引っ張った。
思い通りに前に進めず大声で泣き出す功太君に、冴子さんが気づいて駆け寄る。
モンちゃんは自分のせいで功太君が泣いていると思い、冴子さんに怒られるのを覚悟したが、
すぐに立て札に気づいた冴子さんは
「モンちゃん、ありがとう!あと少しで功太が大怪我をするところだったわ。」と言ってくれた。
噛みついた上着の裾が破れてしまったせいで功太君には少し嫌われてしまったが、
冴子さんが分かってくれた嬉しさと役に立てた喜びでモンちゃんの心は満たされていくのだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第十話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 バイクで往診に来てくれた川橋先生を見て、モンちゃんはほんのちょっとだけ驚いた。
ミヨさんの病気を治す先生だから、きっと年をとった立派な人だと思っていたのに、
まるで隣町にある大学の学生さんのように若い男の人だったのだ。
「遅くなってごめんね、犬走さん。最後の患者さんが長引いちゃって。」
とやさしい声で言いながら玄関で靴を脱ぐ先生に、
ミヨさんは「すみませんねぇ、若先生。」と小さな声で答える。
若い先生だからそう呼ばれるのだろうか、それともあの人の名前が「若」というのだろうか、
モンちゃんは小さな疑問に首を軽くかしげながら診察の様子を見ていた。

 呼び名はどうあれ、血圧を測ったり脈をとったりしてミヨさんを調べてくれる先生を、
「もしも生まれ変わることがあるならば、次は先生のようなお医者様になろう。」と
憧れにも似た気持ちでモンちゃんがじっと見つめていると、
「おばあちゃんが心配なんだね。大丈夫だよ。名前、何て言うのかな。」と先生が尋ねてくれた。
自分で名乗りたい気持ちは山々だがかなわぬことなので「わん!」とだけいうと、
ミヨさんが「モンちゃん、っていうんですよ。」と代わりに答えてくれた。
「そうか。モンちゃん、よかったね。おばあちゃん、もうきっと大丈夫だよ。
ねえ、犬走さん。返事しなくていいから聞いててね。
一過性脳虚血発作っていって、本当に一時的にちょっとだけ血管がつまって、
気分が優れなくなって手足が動かなくなったみたいなんだ。
でも、もう収まってきてるみたいだから、新しいお薬を飲んでもらって様子をみようね。
もしも何かあったら、夜中でもいいから電話してね。」
先生はそう話して、電話番号をミヨさんの電話機の短縮ダイヤルに登録したあと、
「いいかい、モンちゃん。おばあちゃんに何かあったら、僕に電話するんだよ。」と言いながら
ちょっといたずらっぽく笑って帰っていった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第九話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 おじさんがミヨさんの家の玄関をどんどん、と叩いて
「犬走さん、居るかい。八百屋の水田だけども。」と呼んでみてくれている。
しかしいくら呼んでみても返事がない。
モンちゃんは再び水田のおじさんの服を引っ張って、裏木戸の方へ連れて行く。
犬のモンちゃんには届かないかんぬきだが、おじさんには造作もなく開けられた。
中に入ると、ずっと買い物車をくっつけて不自由な思いをしていたモンちゃんに
おじさんがやっとのことで気づいて革ひもをはずしてくれた。
急いで庭づたいに縁側の方に回ると、何とミヨさんが座布団に突っ伏して倒れている。
履いていたつっかけを放り投げて、おじさんが座敷に上がって抱き起こすと
ミヨさんは「ああ・・・・。」とか細い声で何か言おうとしている。
「どうしたんだい、おばあちゃん。苦しいのかい。」とおじさんが問いかけると
「起きあがろうと思うけれど、体が動かないんだよ・・・。」とさらに小さい声でミヨさんが言う。
「おばあちゃん、たしか血圧が高いって言ってたよなぁ。えっと、病院は・・・。」と言いながら、
おじさんが辺りを見回して何か探している。
病院の名前を知りたいのだと察したモンちゃんは、日めくりの下に立って
おじさんの目を見て、ひときわ大きな声で「わん!」と吠えてみた。
ちょうど明日がお薬をもらいに行く日なので、日めくりには「川橋医院3時」と書いてあるのだ。
「おお、さすがだなモンちゃん。川橋医院、と書いてあるじゃないか。」と言って、
電話台の下の引き出しに入っていた診察券を見てすぐに電話をかけてくれた。
「ちょうど診察が終わったところだから、先生がじきに来てくれるそうだよ。」
とおじさんが言うと、ミヨさんは小さく頷いて「すまないね。」と答えた。
「モンちゃん、お手柄だったな。よくうちまで教えに来てくれたね。」と
しゃがれ声で誉めながら頭を撫でてくれる水田のおじさんに、
モンちゃんはこの上ない感謝の気持ちをこめて何度もお辞儀をするのだった。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第八話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 裏木戸の下をくぐり抜けてミヨさんの様子を見に行きたいのだけれど、
あいにくモンちゃんには買い物車がとりつけてあってそれもかなわない。
ここは誰かに助けてもらうしかないと咄嗟に考えたモンちゃんは、
つい今し方、茄子を買った時にミカンを二つおまけにくれた
八百屋の水田さんの店まで戻ってみた。
しかし日が暮れて品物も尽きたのか、もうすでに店は閉まっていて
「ご用の方は裏へお回り下さい。」と書かれた札が出ている。
モンちゃんはその札をじっと見つめてみたが、悔しいことに「裏へ」が読めない。
仕方なくその場でくるくると二,三度回ってみたものの、
「こんなことしたって何になるものか」と思って茫然と立ちつくしていた。
ところがしばらくすると、出しっぱなしの木の箱を仕舞うために
おじさんが店の表にひょっこり出てきてくれたのだ。

 「おぅ、モンちゃん。何か買い忘れたのかい?出してあげるよ。何でも言いな。」
いつものように少ししゃがれた声で話しかけてくれるおじさんに向かって
「わん!わん、わん!」と訴えてみたけれどさすがに伝わるはずもない。
口で言えないからには実力行使しかないと決心したモンちゃんは、
おじさんの服の裾をぐいっと噛んで強く引っ張ってみた。
「おいおい、どうしたんだいモンちゃん。おじさんはミカンじゃないから持って帰れないぞ。」
分かってるよおじさん。だけどどうにも他に手だてがないんだ。
モンちゃんは渾身の力を振り絞って、ミヨさんの家の方へとおじさんをぐいぐい引っ張る。
彼のただならぬ気迫に、水田のおじさんも何か気づいたらしく
「よし、何か困ってるんだな。とにかく行こう。」と走り出してくれた。

ー続くー


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天才モンちゃん今日も行く(第七話) [小説「天才モンちゃん今日も行く」]

 散りゆく桜の下で行く春を惜しみ、砂浜を散歩して夏を味わう。
金木犀の香りを楽しんで秋を見送り、肩を寄せ合って冬を過ごす。
ミヨさんとモンちゃんのそれから数年はいたって平穏に過ぎていった。

 季節の変わり目になると膝の痛むミヨさんの代わりに、
モンちゃんがお財布と買い物袋を首に下げてお使いに行くこともあったが、
首にかけた袋ではせいぜいお豆腐と人参くらいしか持てない。
どうしたものかと考えたミヨさんは、器用にも革ひもでハーネスのような胴輪をこしらえ、
古いベビーカーで犬ぞりもどきの「モンちゃん買い物車」を作ったのだった。
かごの横に「買い物メモ」を吊し、お財布はモンちゃんの首にかける。
当のモンちゃんは嫌がる気配もなく、むしろ喜んで革ひもを着けてもらった。
それでなくとも「おばあちゃん孝行」で人気者だったモンちゃんは
「買い物車のモンちゃん」と呼ばれてさらに有名になり、
「ほらよ、これも持っていきな。ご褒美だ。」と投げ込まれる鶏のささみやポークハムは
モンちゃんの夕飯の一品に加えられるのであった。

 ある秋の夕暮れ、ミヨさんに頼まれた鯖の切り身と茄子とおからをかごに入れ、
モンちゃんは意気揚々と家路を急いでいた。
「公園内、犬の散歩禁止」と書かれた立て札を見ても、
「僕は散歩をしているのではない。ミヨさんのために買い物に行った帰りだ」と
誇らしげに胸を張り、夕焼けに向かってずんずん進んだ。
ミヨさんの家に着き、裏木戸に吊された空き缶を前足で揺らして音を鳴らす。
僕だよ、帰ってきたよ、の合図である。
でも、何故だろう。何度鳴らしても、ミヨさんの返事がなかった。
モンちゃんの薄茶色の胸は、今までになくざわざわと騒ぎ始めた。

ー続くー


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