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小説「ボクが選んだボクの人生」 ブログトップ
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ボクが選んだボクの人生~19 うーん、そう来たか~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 靱帯を断裂し、術後のリハビリを続けていたボクの父親から
電話がかかってきたのはそれから数日後のことだった。
少し沈んだ彼女の声と、その受け答えから判断すると、
彼は選手としての復帰を断念し、球団に引退を申し出るつもりらしい。
「分かったよコーちゃん。私のことなら大丈夫。
こう見えてけっこう節約してたから貯金だって意外とあるんだよ。
何も心配しないで自分のことだけ考えてていいからね。」
無理に声を明るくしていることはすぐに分かったが、
健気であたたかい彼女の言葉はボクの胸にも響いた。
「プロ野球選手の子どもになる」というボクのもくろみは生まれる前に頓挫してしまったけれども、
それはそれでいいような気がしていた。

 意外だったのはその次の電話だった。
引退を申し出て新しい生き方を模索している彼に、彼の妻は離婚を要求している、というのだ。
金の切れ目が縁の切れ目、か。よく言ったものだな。
「プロ野球選手の従順な妻」はいわば世間向けの顔であり、彼女の本質ではなかったのだろう。
仮に浮気をしているというのが事実であれば、
夫にシッポを掴まれる前に離婚を切り出した方が何かと都合がいい、と思ったのかも知れない。
いずれにしろこの2本の電話でボクは「プロ野球選手の子」ではなくなり、
「愛人関係にある二人」の子でもなくなる可能性すらも出てきたわけだ。
「生まれる前から波瀾万丈だなぁ。」他人事みたいに面白がっている自分がちょっと可笑しかった。


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ボクが選んだボクの人生~18 腹を括ったぞ~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 あれからしばらくして、ボクは気づいた。
性別に関しては、自分で確認が出来るのではないか、と。
迂闊なことに、外の世界にばかり神経を集中していて、
こんな簡単なことに気づかなかった。灯台もと暗し、だ。
音に関しては驚くほどよく聞こえるのだが、
目で見てもしっかりとは証拠を捉えられない。
残る方法はただ一つ。思い切って触ってみることである。
男の子の象徴が、ボクについているかどうか。
躊躇しても仕方がないので勢いで触ってみた。

 なかった。何処にもなかった。何処にも、といっても
意外な場所に発見されてはもっと困ることになるけれど。
えーい、ままよ。それならば、それでいい。
ボクは腹を括った。生まれることが出来るだけで奇蹟なのだ。
男でも女でも、元気よく生まれ出てやるさ。
母である彼女の潔さを受け継いだ、凛とした女性になってやろう。
出産を決意した時の彼女のように、ボクはふっきれて前向きになった。


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ボクが選んだボクの人生~17 何かの間違いだよね~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 赤ちゃんを産む、と宣言してからの彼女は、ふっきれたように明るく前向きになった。
どっちつかずの状態から脱して進むべき道がクリアになった上に、
つわりの時期が過ぎて心身共に楽になったからだろう。
お天気さえ良ければ町に出かけ、映画を観たり買い物したり。
彼の状況がどう変わろうと、自分がしっかりしていれば何とかなる。
そのためには、元気でいなくっちゃ。彼女はそう思っているようだった。

 そんなある日、彼女が検診のために病院を訪れた日のことだ。
いろいろと準備したいので、出来れば性別を教えて欲しいという彼女に、
超音波検査(エコー)の画像を見ながら、医者がこう言ったのだ。
「5ヶ月に入ったばかりだから、確実だとは言えないけど・・・。
どうやら女の子みたいだね。」と。

 女の子?ボクが・・・・・?そんなバカな。
係官の部屋で書類を書かされた時、ボクはちゃんと「男」に丸をつけたのに。
何かの間違いであって欲しい。まだこんなに小さなボクだけれど、
今さら「アタシ」に切り替えるのは容易なことではないのだ。
医者の「確実だとは言えないけど・・・。」という言葉だけが支えだった。
オナカの中で小さなボクが大きな悩みを抱えているとも知らずに、
彼女はその日からさっそく、赤やピンクの可愛いベビー服を買い揃え始めた。


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ボクが選んだボクの人生~16 災い転じて~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 ボクの執行猶予期間が、こんな形で延長されるのは、予想外の事態であった。
心配のあまり体調を崩しながらも、懸命に一人で耐えてきた彼女は、
少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
彼に関して入ってくる情報は「全治8ヶ月」だとか「今期絶望」だとか、
明るい材料はひとつとしてないにもかかわらず、
ふさぎこんだりため息をついたりということのない彼女は
打たれ強く凛とした女性だ、とボクはあらためて実感した。

 日数の経過を数えるのに辟易としてボクが大雑把になり始めた頃、彼から電話がかかった。
彼女の受け答えから判断すると、彼は地元の病院に移った後、自宅療養に入ったようだった。
おそらく家族が出かけたすきに電話をかけてきたのだろう。
彼女はずいぶんと心配したけれど体調は問題ないことを告げた上で、
「タイムオーバー、だよ。問題点山積みかも知れないけど、
赤ちゃん、産むからね。とにかく治ってからいろいろ考えよう。」と明るい声で言った。
第一関門、クリア。これからどんなことが起こるか分からないけれど、
ボクは小さくガッツポーズをきめた。


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ボクが選んだボクの人生~15 これは大変だ~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 あれから、たぶん2日が過ぎた。
比較的規則正しい暮らしをしている彼女のおかげで、
オナカにいるボクにも時間の経過はある程度推察出来る。
彼から特に何の連絡もなさそうなところをみると、おそらく遠征に出ているのだろう。
ここ数日は彼女のつわりもさほど辛くなさそうで、突然洗面所に駆け込む、ということもなかった。
ボクにとってはいわば「穏やかな執行猶予期間」だ。

 しかし夜になって、事態は急変した。
遠征先の球場で、彼がアクシデントに見舞われたらしい。
ボクにとっての情報源は彼女が見ているテレビだけだが、
「原コースケ選手が走塁の際に靱帯断裂・・・・。」というニュースで
彼女が激しく動揺し始めたのだ。
家族であれば遠征先にすぐ飛んで行けるのだろうが、
愛人という彼女の立場上、どうすることも出来ない。
心配で居ても立ってもいられない彼女のために、ボクに出来るのは祈ることくらいしかなかった。


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ボクが選んだボクの人生~14 待ってくれるんだね~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 「とにかく、少し待ってみないか。一週間くらい。いいだろう?」
何だかやけに短い執行猶予つきの判決を言い渡された気分になったが、
今すぐに人生の扉を閉ざされることを思えば、贅沢は言ってられない。
「マキだって、赤ちゃんが欲しくない、ってワケじゃないんだろ?」
おお、ついに母親の名前までも知ることが出来たぞ。
こうやって次第に情報量が増えていくと、不思議に情がわいてくる。
顔は見えないし、名前がどんな漢字なのかも分からないけど、
ボクは本当に心から二人の子どもで居たいんだ。

 「うん、それはそうだよ。赤ちゃん、欲しいよ。産みたいよ。」
少しかすれた彼女の声。泣いているのだろうか。
何だかボクも泣けてきた。ただただ、一緒に居たいと思った。
「よし、待ってみよう。いいアイディアがきっと浮かぶさ。」
力強い彼の声。きっとあのお立ち台の夜も、こんな声でインタビューに答えていたに違いない。
ほの明るい希望の光が、差し込んできたような気がした。


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ボクが選んだボクの人生~13 ややこしくなってきた~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 「結論は急がないって言ったのは君の方だろう。」
初めて聞いた彼の肉声は、ボクにとって一筋の光明だった。
オナカの中で、ボクは彼に向かって手を合わせた。
「たしかに、困ってないとは言い切れない。一応、家庭があるからね。
でも、先のことは分からない。アイツだって・・・。」
「奥さんがどうかしたの?」
「浮気、してるかも知れないんだ。まだ確信は持てないけど。」
「でも、だからって簡単にはいかないでしょう。お子さんだってまだ小さいんだし・・・・。」

 何だか一気に話がややこしくなってきたぞ。
とにかく、ボクにとっては「諦める」という選択肢以外に道が開けて、
有り難い話であることに違いはないのだが。
「私は、コーちゃんの家族を不幸にするの、イヤだからね。」
おお。彼の名前はコーちゃん、なのか。いや、そんなことに感心している場合ではない。
「コーちゃんの家族を不幸にしない」ということは
とりもなおさずボクがとんでもなく不幸になるということなのだから。


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ボクが選んだボクの人生~12 ちょっと待った!~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 「ふわふわ」の上から下界を見下ろしていたあの頃と違って、
ボクの自由は著しく制限されていた。
まだ狭くて窮屈、というわけではなかったが、
父親である彼の様子を見に行きたくても、今ではそれも出来ない。
母親である彼女の様子さえ、中から感じる声やちょっとした動きから想像するしかないのだ。
そんな中、時折聞こえてくる彼女の鼻歌や「しまった!ドレッシング、切らしてた。」みたいな
ちょっとした独り言はずいぶんとボクを和ませてくれた。
たまに気分が悪くなって洗面所に急いでいるようではあるが、
ひどく調子が悪い、ということはなさそうだ。

 彼がやってきたのは、日付が変わる少し前だった。
疲れているのか、もともと無口な性質なのか、彼の声はほとんど聞こえてこない。
「昨日は急に帰ってごめん。」くらい言えばいいのに。
ボクは、少々不満だった。お立ち台ではあんなに饒舌だったのに、って。

 しばらく間があって、先に話を始めたのは彼女だった。
「いろいろ考えたんだけど。貴方に迷惑がかかるのはよくないかなって。
無理なら、いいよ。諦めるよ。すごく悲しいけど。」
何だって?今、何て言った?諦めるって、ボクのこと?
オナカの中でおろおろと慌てふためく、小さなボクのことなんて彼らは全然考えてないのだ。
叫んだって、泣いたって聞こえるはずもない。途方もない空虚感がボクを包んだ。


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ボクが選んだボクの人生~11 ボクがいるよ~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 彼女のオナカの中にいる赤ちゃんに意識を重ね合わせるのは、
ボクが予想していたよりはるかに容易だった。
おそらく、彼女はどちらかというと敏感なタイプで、妊娠に気づいたのも人より早かったのだろう。
温かでほの暗いこの場所にすぐになじむことは出来なかったが、
不思議とさっきまでの不安な気持ちは消えていた。
ボクは、ここにいる。自分で選んだこの場所に。
根拠のない安堵感のせいで、ボクは少し眠くなった。
とにかく、ちょっと眠ろう。考えても仕方のないことばかりなのだから。

 どれくらい眠っただろう。話し声で目が覚めた。
「分かってるよ。急にそんなこと言われたって困る、っていうの。
だから、今すぐ結論を出して、とは言ってないの。
ただ、聞いてほしかったんだ。一人では抱えきれなかったんだ。
なのに、急に帰っちゃうんだもの。あんまりだよ。」
電話で話をしているようだ。むろん、彼女が彼に、である。
なるほど、オナカの中にいると、こういう感じに聞こえるのか。
妙なことに感心しながら、ボクはさらに耳を傾けた。
「うん、明日、だね。ちゃんと話そうね。待ってるからね。」
自分の気持ちはきちんと伝えるけれど、やたらに相手を責める様子はない彼女の物言いは
何だかとっても潔くてステキだった。
「ずっと、この人の味方でいよう。」とボクは心に決めた。


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ボクが選んだボクの人生~10 もう、引き返せない~ [小説「ボクが選んだボクの人生」]

 下界に降りるとすぐに、マンションのベランダから彼女の家に入る。
ソファーのあるリビングには彼女の姿はなく、ドアの向こうの洗面所や浴室にもいない。
夜風に当たるために外に出たのだろうか。
とはいうものの、もう日付が変わってしばらく経っている。
女性が一人で外に出るのは危険きわまりない。

 しばらく耳を澄ましていると、廊下に連なるドアの向こうから
何かを取り落としたような「カタン」という物音がした。
ドアをすり抜け部屋に入ると、ベッドの脇に置かれた机に向かって
何か書いている彼女の姿があった。
さっきの「カタン」は、どうやら鉛筆か何かを落とした音だったようだ。
今はまだ「実体」がないのだから、音を立てないように、という気遣いは無用なボクなのに、
何となく息をひそめてこっそりと彼女に近づいた。
彼女が書いているのは「日記」だった。

 日記には、病院で調べたら妊娠が分かったことと、
それを彼に話したら困った顔をされてしまったことが書かれていた。
あのとき感じた、漠然とした不安は本当だった。
このままパスワードを使っても、ボクは生まれることが出来ないかも知れない。
でも、その時ボクは何となくこう思ったんだ。
彼女を一人にはしておけないって。ボクがそばにいよう、って。
ほんの数時間しか経っていないけれど、彼女を他人とは思えない自分が此処に居る。
どっちみち、今回の権利を放棄して並び直せば何年もかかるのだ。
これからどうなるか分からないけれど、とにかく彼女の子どもになろう。
腹をくくって、ボクは祈るような気持ちでパスワードを押した。


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